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東京地方裁判所 昭和35年(ソ)77号 決定

決  定

東京都世田谷区玉川中町二丁目七八番地の一〇

抗告人

石井常吉

右代理人弁護士

高石義一

同所

相手方

高沢徳衛

右代理人弁護士

堂野達也

服部邦彦

右当事者間の昭和三五年(ソ)第七七号執行文付与に対する異議抗告事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人代理人は、「原決定を取り消す。相手方と抗告人との間の渋谷簡易裁判所昭和三三年(ユ)第二九六号建物収去土地明渡調停事件につき作成された調停調書の正本に、同裁判所書記官白鳥直衛が昭和三五年一一月二五日相手方のために付与した執行文は、これを取り消す。」との裁判を求めた。

(一)抗告の理由の要旨は次のとおりである。

(1)相手方と抗告人との間の渋谷簡易裁判所昭和三三年(ユ)第二九六号調停事件において、昭和三四年二月五日、次の(イ)(ロ)の条項を含む調停が成立し、その旨の調停調書(以下本件調停調書という。)が作成された。

(イ)相手方は抗告人に対し東京都世田谷区玉川中町二丁目七八番地の一〇所在、宅地中八坪五合四勺(以下本件土地という。)を期間昭和三四年二月一日より二〇年間、賃料一ケ月金八五円毎月末日限り持参または送金して支払う約定で賃貸すること。(条項第一項)

(ロ)抗告人が右賃料の支払を三ケ月分以上遅滞したときは、相手方においてなんらの催告を要しないで賃貸借契約を解除することができる。この場合、抗告人は右地上に存する木造セメント瓦葺平家建居宅一棟建坪四坪二合五勺(以下本件建物という。)を取去して右土地を明け渡し、かつ、契約解除後土地明渡し済みに至るまで、一ケ月金八五円の割合による損害金を相手方に支払うこと。(条項第三項)

ところで相手方は抗告人に対して、昭和三五年一一月一八日到達の内容証明郵便をもつて、抗告人が昭和三五年八月分より一〇月分までの賃料を支払わなかつたから、右調停条項第三項にもとづき、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたうえ、昭和三五年一一月二四日渋谷簡易裁判所に対し、右解除により抗告人に前記条項による本件建物取去土地明渡し義務が生じ、同義務を執行すべき条件が成就したものとして執行文の付与を求め、同裁判所書記官白鳥直衛は、右申立てにより同月二五日相手方のためにこれを付与した。

そこで抗告人は、右調停成立以来確実にその賃料を支払つていることを理由として、右執行文付与について同裁判所に対し異議申立てをしたところ、昭和三五年一二月九日右異議申立てを却下する旨の決定があつた。しかしながら原決定には次のごとき違法がある。

(2)相手方は、前記のとおり、本件調停条項第三項により、第一項に定められた賃料以下本件賃料という。)の昭和三五年八、九、一〇月の三ケ月分の支払を遅滞したとの理由で本件土地賃貸借契約を解除し、同条項の条件が成就したとして執行文の付与を受けたものであるが、抗告人は昭和三五年八月、九月、一〇月分およびこれに金八五円を付加した合計金三四〇円を、額面八五円の郵便為替証書二通、額面一七〇円の郵便為替証書一通として同封の上、配達証明郵便をもつて昭和三五年一〇月三一日世田谷区玉川郵便局より発送し、同郵便は翌一一月一日相手方に到達した。しかるに相手方は履行がわずか一日遅れたことを理由にその受領を拒絶し、右解除の意思表示をなしたものである。しかしながら右郵便は本来当然即日配達されるべきであつたのが郵便遅配のためその到達が一日遅れたに過ぎず、遅配は郵便局員の怠慢によるものであつて抗告人において遅滞の責を負うべきものではない。かりに抗告人に遅滞の責があつたとしても、一般に債務者が債務履行期を徒過した後においても、債権者が右履行遅滞を理由に解除権を行使する前に、債務者が遅滞による損害金を加えて完全な履行の提供をすれば、右解除権は消滅するものと解すべきところ、抗告人は、右のように、相手方が本件士地賃貸借契約を解除する前に、右三ケ月分の賃料にその支払遅滞にもとづく損害金を填補するに足りる金八五円を付加して、現実に完全な履行の提供をした以上、すでに右解除権は消滅したと言うべきである。もつとも右金八五円については、これを損害金にあてる旨明示していないが、その時、抗告人は、相手方に対し他になんらの債務を負担していなかつたから、当然に右損害金に充当し、残金は一一月分の本件賃料として前払いする意思であつたことは、相手方も了知し得たはずである。かりに抗告人に損害金を支払う意思がなく右金員が損害金の提供と言えないにしても、抗告人が提供すべき損害金の額は僅かに一日分で、その額は金二円八三銭であり、かかる些少な損害金は、これを提供しなくても、完全な履行の提供があつたといつてさしつかえないから、いずれにしても抗告人の右履行の提供により、同日、相手方の解除権は消滅したものと言うべきである。

相手方は、抗告人が隣家の相手方に賃料を支払うのに郵便によつたこと、現金為替の制度があるのに為替証書によつたこと等を捉えて、債務の本旨に従つた履行の提供をしたといえないと主張するが、抗告人が賃料を郵送したのは、相手方が抗告人を立ち退かせるため種々いやがらせの行為をなし、郵送の方法によらなければ賃料の支払ができないような事情になつていたためであり、次に為替証書によつたのは、現金為替を利用するか郵便為替によるかは送金者の自由であつて、現金為替による義務はなく、郵便為替の方が郵便費用が節減できると考えたためである。なお相手方は抗告人が右郵便為替の払渡局を相手方の住所から遠隔地の郵便局に指定したことは、抗告人の相手方に対する悪意にもとづくもので、債務の本旨に従つた履行とは言えないと主張するが、抗告人が払渡局を指定したのは将来紛争を生じた場合の証拠蒐集の便宜を考えてのことであり、かつ遠方の郵便局を指定したのは、抗告人が用事で外出した際、その都度外出先で為替を組んだためで、なんらの他意はなく、さらに払渡郵便局が指定されていても、容易に相手方においてそれを自分の都合のよい局に変更することが郵便為替法第三三条、同規則第三六条、第三七条によつて認められており、かかる便法があることは現在においてはすでに常識となつているから、当然相手方もかかる便法を知つていたはずであり、払渡局により相手方が不利益を受けることはないと言うべきである。かりに相手方においてかかる便法の存在することを知つていなかつたとしても、最寄りの郵便局に問い合せれば容易に知り得ることであり、債務の履行においてこの程度の協力義務を債権者に課したとて、なんらの違法はないと言うべきである。なおまた、相手方は従来なんら異議なく払渡局指定の郵便為替証書を受領していながら、本件係争に入るや、突然右指定をもつて債務不履行呼ばわりするのは不当である。従つて抗告人のなした右債務の履行の提供は適法のものであり、相手方主張の本件賃貸借契約の解除は、解除権の消滅後になされた無効のものである。のみならず相手方のなした本件賃貸借契約解除は本件調停調書第三項に定められた履行遅滞による約定解除権にもとづくものであるから、履行方法が不完全であることをもつて、その解除理由となし得ないものである。してみれば右契約が解除されたことを前提とする本件執行文の付与は違法である。

(3)かりに本件土地賃貸借契約の解除当時相手方に解除権があつたとしても、その解除権の行使は権利の濫用であり無効なものである。

すなわち前記条項第三項によると解除権が発生するのは三ケ月分以上の賃料を遅滞した場合であるが、本件においては右三ケ月の最終履行期限を徒過すること僅かに一日にすぎない。かかる軽微な遅滞を理由に契約を解除せんとするのは、相手方が日頃から本件土地の賃貸借契約の消滅の機会を窺つており、たまたま生じた極く些細な抗告人の債務不履行を奇貨として、その素意を達成しようと意図した結果であつて、その解除は権利の濫用にもとづく違法なものである。特に抗告人が右のごとく賃料の支払を最終履行期限直前までなさなかつたのは、抗告人に支払の意思、能力がなかったためではなく、相手方において前記調停成立後においても、なんらかの理由に藉口して抗告人に本件土地明渡しをせしめるべく、種々のいやがらせをなし、ために相接して住む抗告人相手方の日常生活が円満に行われず、両者が感情的に対立していたためであつて、右支払遅滞については相手方にも充分の責任があるのであるから、これらの事情を考慮しても、相手方の解除権行使は、権利の濫用であることは明らかである。従つて、この解除の有効なことを前提とする本件執行文の付与および同趣旨の原決定は違法である。

(二)相手方代理人の主張の要旨は次のとおりである。

(1)抗告人主張のごとき条項を含む本件調停が成立し、その旨の調書が作成されたこと、相手方が同調書第三項の条件が成就したとして渋谷簡易裁判所より執行文を付与されたこと、および抗告人主張の日時に抗告人主張のごとき郵便為替証書が相手方に送付され、相手方がその受領を拒絶した各事実は認める。

(2)しかしながら相手方のなした本件賃貸借、契約の解除は適法有効であり、従つて、これを前提とした本件執行文の付与にはなんの違法もない。

すなわち、第一に、抗告人の右郵便為替による履行の提供は、債務の本旨に従つたものとは言い得ないものであり、相手方が解除権を行使する前に、なんら債務の本旨に従つた履行がなされた事実はないから、相手方の解除は有効である。そもそも郵便為替の送付が金銭債務の弁済に関する履行の提供と認められるのは、一般取引の慣行に照らし、また信義則上、隔地者間における多額の金員支払につき、現金輸送の手数およびその危険を避ける便宜の為に必要と認められる場合であつて、本件のごとく僅か月金八五円の賃料を隣地に相接して居住する相手方へ支払うのに、ことさらに郵便為替として送付する実際上の理由も必要もなく、たとえ送金するにしても現金書留をもつて足りるはずである。従つて郵便為替の送付による履行の提供は、本件においては、適法な賃料の提供としての効力を有しない。

かりに本件においても郵便為替証書の送付による履行の提供が適法であるとしても、抗告人が相手方へ送付した郵便為替証書三通は、それぞれその払渡局を南品川二丁目郵便局、第一生命会館内郵便局、京橋西八丁堀郵便局と相手方の住所とはなんら関係のない、しかも全部異なる遠隔地の郵便局(相手方住所に最寄り郵便局は上野毛郵便局。)を指定してある。ところでこれらを現金化するために都内各所に散在する右郵便局に出向くのには、郵便為替の額面以上の交通費(たとえば相手方が前記京橋西八丁堀郵便局へ行くためには、まず相手方居住地の最寄駅たる東急大井町線上野毛駅から国電京浜東北線の大井駅まで金二〇円、同駅より国電有楽町駅まで金一〇円、同駅付近より都電にて京橋西八丁堀停留所まで金一三円で片道合計四三円、往復ではその倍額の金八六円を要する。)を支弁しなければならず、これに約半日を費す日当を加算するときは、その費用が一ケ月の賃料を大きく上廻ることは明らかであり、しかもたとえば南品川二丁目郵便局が払渡局に指定されている為替証書の発行日は、昭和三五年九月五日であるが、為替証書の有効期間は発行の日から二ケ月なるため、これを現金化するために同年一一月四日まで、すなわち、受領の日から四日以内に同局に赴くことを強制されるわけで、前記調停条項にも明らかなように、持参または送金によつて債務を履行すべき本件において、かくのごとくその現金化のために、債権者に多大の犠牲を要求するごとき方法による履行の提供が、到底債務の本旨に従つたものと言い得るものではないことは明らかであり、これは抗告人において、もつぱら相手方を困惑させる意図をもつてなしたもので、この点において著しく信義則に反し、そもそも抗告人自身において債務を履行する意思を欠いていたものと言うべきである。されば相手方において、抗告人の右郵便為替証書の送付に対し、これを債務の本旨に従つた履行の提供に非ずとしてその受領を拒絶すべきは当然のことである。

この点について、抗告人は、払渡局指定の本件為替証書でも郵便為替法等の諸規定により、受取人において払渡局の変更手続が可能であり、相手方の最寄り郵便局で現金化できるから、相手方の主張は理由がないと主張するけれども、相手方はまつたく右便法があることを知らず(従来抗告人より送付を受けた払渡局指定の為替証書も、現金化に要する交通費、手数、時間等のため、遂に現金化することができないまま経過していたのである。)また、一般人も知らないのが通常であるから、かかる便法の存在することを前提として債務の本旨に従つて履行の提供の有無を判断し得ないのみならず、かりにそうでないとしても、相手方において、右のごとく指定局を変更してまで、現金化すべき抗告人に対し協力する義務はないものと言うべきであるから、いずれにしても債務不履行であることにかわりはない。

(3)かりに以上の主張が理由なしとしても、前記のごとく抗告人は昭和三五年八、九、一〇月の三ケ月分の賃料の最終支払期限である同年一〇月末日までに、それらの賃料の支払をしなかつたのであるから、前記条項第三項により相手方に本件土地賃貸借契納の解除権が発生した。従つて、該解除権にもとづく本件契約の解除は有効であり、それを前提とする本件執行文の付与にはなんらの違法もない。

(4)  なお、抗告人は相手方の解除権の濫用を主張するが、解除の事由につき相手方にはなんら非難されるべきことはなく、抗告人こそ、右賃料の支払の実情にみるごとく、賃借人としての権利を濫用し、相手方をことさらに苦しめているものである。また、抗告人は、相手方が調停成立後ことさらいやがらせの行為をしたため、賃料の支払を引き延ばしたと言うが、一方的で虚構も甚だしく、しかも調停中において話合済みのことをことさら調停成立後のことのように主張するのは、自己の履行遅滞を少しでも正当化しようとする抗告人の策謀である。

二  当裁判所の判断

抗告人と相手方との間に抗告人主張のような条項を含む調停が成立し、その調停調書が作成されたこと、相手方が同調書第三項の条件が成就したとして渋谷簡易裁判所より執行文の付与を受けたこと、および抗告人主張の日時にその主張のような郵便為替証書三通が相手方に送付されたが、相手方がその受領を拒絶したことは相手方の争わないところである。

(一)そこでまず第一に、右郵便為替証書の送付による弁済の提供が、債務の本旨に従つたものと言えるかどうかについて審案する。

そもそも郵便為替による送金は、隔地者間における金銭の支払の場合に現金輸送に伴う危険を避けるため等に用いられるのが通常であつて、本件のように月額僅か金八五円の賃料を隣家の相手方に支払うのに、わざわざ郵便為替証書によつて支払をするのは異常であるといわざるを得ないが、郵便為替証書は取引上現金と同一の作用をなすものと認められている以上、抗告人がたとえ現金によつて支払をなさず、また郵送の方法によるとしても、現金書留という相手方にとつて簡便な方法によらず、郵便為替証書の送付という手段によつたとしても、それ自体をもつて違法とするには足りないものというべきである。

しかしながら本件記録および抗告人、相手方各本人審尋の結果によれば、抗告人から相手方に対し昭和三五年八月、九月および一〇月分の本件賃料として送付された右三通の為替証書は、昭和三五年九月五日発行・額面金八五円・指定払渡局南品川二丁目郵便局のもの一通、同月二六日発行・額面金八五円・指定払渡局第一生命館内便便局のもの一通、同一〇月二九日発行・額面金一七〇円・指定払渡局京橋西八丁堀郵便局のもの一通で、いずれも相手方を受取人と指定したものであり、さらに昭和三四年四月以降抗告人が本件賃料の支払のため、相手方に送付した七通の郵便為替証書についても、受取人を相手方として、それぞれ京橋、雷門、品川、南浜川、上野広小路、最高裁判所内、帝国ホテル内、京橋月島八丁目の各郵便局を払渡局として指定してあることが認められる。

本来、現金の支払にかえて受取人指定の郵便為替証書を送付する場合は、郵便為替証書が現金と同視し得るものだと言つても、それを現金化するためには、通常、債権者たる受取人をして郵便局に行くことを余儀なくし、現金払の場合以上の手数を債権者に要求するものであるから、特別の事情のないかぎり、債権者たる受取人が現金化するのに便利な郵便局(たとえば本件においては相手方住所地に最寄りの上野毛郵便局)を指定するか、もしくは、払渡郵便局を指定せず、受取人の任意に選択する郵便局において為替金を受領することが可能なように配慮すべきが、信義則上当然であり、特に本件のごとく賃貸借という当事者の信頼関係が重視されるべき継続的契約関係においては、一層その配慮が必要である。しかるに本件において、抗告人の指定した払渡郵便局は、右認定のとおり、いずれも相手方とはなんら関係のない都内の遠隔地に存在するものであり、しかも同一の郵便局はまつたく存在しない状況であつて、相手方において指定払渡局において為替金の受領をするとすれば、為替の額面額に近い、またはそれ以上の出費と、かなりの時間とを必要とすることは明瞭であつて、現に相手方において、従来抗告人から受領した郵便為替証書について、これを現金化するのを殆んど断念している実情にあることが相手方本人審尋結果から認められ、しかも抗告人がかくのごとく、払渡局指定の郵便為替証書をもつて本件賃料の支払をなさねばならなかつた特別の事情のあつたことは、これを認めるに足りる証拠がない(抗告人主張のごとき証拠保存の意味なら、何も遠方の郵便局をわざわざ指定するまでもなく、最寄りの郵便局で足りるはずであるし、また、払渡局を指定しなくても証拠保存の目的を達するには充分なはずである。なおまた、用事の出先で為替を組んだとしても、その局を指定としなければならぬ理由はない。)。

むしろ、以上の事実と前掲証拠から判断すると、抗告人が右のような郵便為替による送金の方法を採つたのは、相手方との間の賃料支払等をめぐる感情的対立に起因して、相手方の困惑する方法をもつて弁済をしようとする抗告人の相手方に対する悪意からいでたものと推認するに難くないのであつて、抗告人が相手方に対してかかる感情を抱くに至つた理由が、抗告人の主張するごとく相手方において抗告人を追い出すために種々の嫌がらせをしたためであるとの点については、本件記録ならびに抗告人および相手方各本人審尋の結果に徴してもこれを認めることができないのみならず、かりに両者の感情的対立の責任の大半が相手方にあり、抗告人として感情的にかかる方法をとらざるを得なかつたとしても、抗告人のかかる心情は察し得ないわけではないけれども、なおかかる方法による弁済の提供は到底債務の本旨に従つた適法なものとはなし難い。なるほど、郵便為替法等(同法第三三条、同規則第三六条第三七条等)によれば、払渡指定局については、受取人においても、任意の局において、その払渡指定局変更の請求をなし、その指定局の変更をうけることが可能であるが、その変更については所定の変更申請手続を必要とし、そのための手数と時間を要するものであるから、債権者に対し、特にこのような手数を煩わせるべき合理的理由のあることが認められない限り、右のような手続が認められているからといつて、前記のような郵便為替証書の送付によつて債務の本旨に従つた適法な履行の提供があつたものということはできず、従つて債権者はその現金化に協力する義務を負わないものというべく、本件においては、このような合理的理由の存在は認められないのであるから、相手方は右為替証書の現金化に協力する義務はないものといわなければならない。

次に抗告人は、相手方が従来なんら異議なく払渡局指定の郵便為替証書を受領しながら本件係争に入るや払渡局指定をもつて債務不履行呼ばわりするのは不当であると主張するが、右に述べたような払渡局指定の郵便為替証書による賃料の支払が適法なものといえないものであること前記のとおりである以上、相手方が従前これを異議なく受領していたとしても、これによつて、その後になされた同様の方法による支払をもつて、債務の本旨に従つた適法な履行があつたものということができないことはいうまでもない。それ故相手方が抗告人から昭和三五年八、九、一〇月分の本件賃料の履行の提供としてなされた本件郵便為替証書の送付に対し、その受領を拒絶したのは適法である。そうだとすると右為替証書の送付が適法な弁済の提供であることを前提として、解除権が消滅したとする抗告人の主張は理由がない。

また、抗告人は、相手方のなした本件契約解除は、調停調書第三項に定められた履行遅滞による約定解除権にもとづくものであるから、履行方法が不完全であることをもつてその解除の理由となし得ないものであると主張する。そして本件契約解除が抗告人主張の約定解除権にもとづくものであることは相手方の認めるところであるが、前記のような郵便為替証書による送金をもつて、債務の本旨に従つた適法な賃料の支払があつたものと認め得ないこと、右に説明したとおりであり、結局履行期までに債務の本旨に従つた履行がなされなかつたのであるから、履行遅滞があつたものといわざるを得ず、右約定解除権は、このような場合に当然発生すべきものと解すべきであるから、相手方はこれにもとづき適法に本件賃貸借契約の解除をなしうるものというべきである。

してみれば抗告人の(2)主張は、その余の点に対する判断をまつまでもなく結局失当として排斥を免れない。

(二)つぎに抗告人の解除権の濫用の主張についてみると、昭和三五年一一月一日抗告人のなした弁済の提供は、前判示のとおり債務の本旨に従つた履行とは認め難いから、抗告人主張の本件債務の履行遅滞はたつた一日だけの遅滞であるという主張は理由がなく、結局本件土地の賃貸借契約が解除となつた昭和三五年一一月一八日までは有効な履行の提供がなかつたことになり、抗告人において特にその弁済が困難と認めるべき特段の事情もないのに、月額僅か金八五円の本件賃料を昭和三五年一〇月分については一七日、九月分については四八日、八月分については七八日を遅滞することは、必ずしも軽微な遅滞ともいい難く、さらに前記のとおり昭和三四年四月分以降昭和三五年七月分までの賃料の弁済については、これを相手方において異議なく受領はしているものの、受領を拒絶した本件八月、九月、一〇月分と同様に、合理的理由なく、いずれも都内各所の遠方の郵便局を払渡局とするなど、本来当事者間の信頼関係を重要な要素とする土地賃貸借のごとき継続的契約関係において、甚だしく信義にもとる行為といわざるを得ず、抗告人がかかる行為に出るに至つた原因が抗告人主張のごとく相手方の嫌がらせによるものであることはこれを認めるに足る証拠はなく、またかりに、かかる行為が相手方の感情的挑発行為によつてひき起されたとしても、これによつて抗告人の右行為を正当化し得ないことは前叙のとおりであり、また、従前の分は相手方が異議なく受領していながら、突然昭和三五年一一月一日に至り、抗告人から、前同様の方法で送付された郵便為替証書の受領を拒絶し、抗告人との賃貸借契約を解除したとしても、そもそも本来異議なく受領した分についても適法な弁済の提供とは認められず、債務者が債務の本旨に従わない履行の提供をなした場合において、債権者が異議を止めないでこれを受領しても、そのために爾後同様の方法による履行の提供を受領しなければならない拘束を債権者が受けるわけででないことも前叙のとおりであり、その後債権者が度重なるかかる履行の提供を拒否して契約解除の挙に出たとしても、これをもつて権利の濫用とは言い難いことは明らかであり、その他、本件において、相手方がことさらに申立人の賃借権を不当に消滅せしめる目的で、かかる挙に出たことを認めしめる事情はこれを認めることができないから、右契約の解除をもつて権利の濫用ということはできないし、他に権利の濫用と認めるべき特段の事情のあることも認められない。従つて抗告人の(3)の主張も採用できない。

以上のとおり、本件抗告は、右いずれの点においても、その理由がないから、これを棄却すべく、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条および第八九条を適用し主文のとおり決定する。

昭和三七年一月二九日

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 位野木益雄

裁判官 中 村 治 朗

裁判官 清 水  湛

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